美味しく食べて元気でいたい

分子栄養学のお勉強始めました。身体を作る食べ物のこと、栄養のこと、もっと早く知りたかったこと、シェアしていきます。

分子栄養学との出会い

 

f:id:yummy50:20210114173153j:plain

f:id:yummy50:20210114173336j:plain

9年ほど前、長年の夢だったパン屋を開業しました。次女を産んだ後の育児休業中でした。長女を保育園に送り、次女をおんぶしたまま近所を自転車でフラフラしていた時に、小さな貸物件と出会ったのです。

それまでも10年以上、パンを作る様々なお仕事をしており、「ここだ!今だ!」という気持ちでした。

その時からすでに、「疲れやすい」という自覚があったのですが、「きっと産後だから1年もすれば元気になるはず」と、すでに40オーバーだったにも関わらず自分の体力を過信し突っ走りました。

 1人でパン屋を開業するというのは、楽しいながらもなかなか大変です。 詳しいことは省略しますが、気の抜けない長時間労働が続き、半年も経たないうちに身体は悲鳴を上げ、「何か大変なことが身体の中で起こっている」と思い始めました。

 

今となれば、10代後半から20代にかけての無茶なダイエットや、そもそも鉄が足りていなかったのに2度の出産による更なる鉄欠乏、不十分な栄養知識、子供の頃から口に入っていたアマルガム。もろもろいろんなことが絡み合って、ミネラル不足だったし、腸も荒れていたし、さらに何年も前から思い返せば、小麦が合っていなかったなあと納得ですが、当時はそんなことは全く分かりませんでした。

まじめな性格や、自分にダメ出しをするクセも、身体を痛めつけていたのだと思います。

 

とにかく疲労が激しく、寝ても休んでもいっこうに疲れが取れません。食事をすればお腹が痛い。背中が痛い。花火のような環状紅斑が出る。

今まで感じたことのないような怖い感覚があり、時間がない中で手あたり次第に病院に行きましたが、通常の保険診療の検査では何も出ず、ほとんど相手にされませんでした。

 

店舗を借りて改装工事をし、機材を購入して店を立ち上げたところでしたから、休むわけにはいきませんでした。誰かに代わってもらうわけにもいきません。

仕事を引退した母と会社員の夫が全面的に助けてくれていましたが、当時娘たちは1歳になったばかりと3歳。

にっちもさっちもの中、必死で調べまくり「副腎疲労」という言葉にたどり着きました。

思い当たるふしだらけでした。

 

そしてその言葉を発信していたドクターのもとへ、検査に行きました。

この頃の私は歩くのも辛く、久しぶりに会った友人に、「足を怪我しているの?」と聞かれたほどでした。

 

自由診療というものを知らなかった私は、正直その検査費用には戸惑いました。

でも、どこの病院に行っても相手にされなかったのが、それらの検査によって私の不調の原因が分かりました。その時はまだ何も解決していませんでしたが、ものすごくほっとしました。

 

腸のコンディションが非常に悪く、炎症を起こしているレベルで、消化力も弱く、そのために小麦グルテンにかなり反応していました。

 

このことはまた別の機会に詳しく書くことになると思いますが、そこから「分子栄養学」の世界を知ることになります。 

 

パン屋を開業してまだ1年足らずでしたが、そこからは小麦を食べるのをやめました。まずは腸を刺激するものは避け、腸を整えるためのサプリメントを飲みました。

原因もだいたい分かったし、もう大丈夫!とても明るい気持ちになりました。

でも、そんな簡単ではなかったのです。ここからまだまだ長い試行錯誤の日々が続きます。